春のコートと忘れ物
スイス在住日本人のつぶやき 2
又、この春のコートを引っ掛け外に出る季節になった。
スイスの高級ブランド製品であり、かなりおだてられて買った大事なコートだ。薄地で軽く、防風にも、防雨にもなり、旅行にも必ずもって行く。もう8年も重宝していることになる。どんなにクシャクシャにしても平気で持ち歩きができ、着ると一風変わったおしゃれなコートにもなる。
その代わり、忘れてくることも私の年令とともに増えた。何度も今度こそは戻ってこないとあきらめたことも思い出される。だから、今でも手元にあると言う幸せ感を味わうことになる。
トラムに乗ってから、大きなポケットの中を確かめると、クシャクシャな使い終わった鼻紙や、ぼんぼんの包み紙が出てきた。まあそれは私のものならばどんなコートやヤッケからも見つかるものだから普通の事だ。
この手がすっぽり入る大きなポケットの中に更に小さい仕切りがあってそこに何か硬い紙のようなものが手に触れた。ぼんやり思い出すことがあったがすぐには何かとは確信が持てなかった。指でつまんでその厚紙の紙片を引き出すと、太字で書いた自分のイニシャルと電話番号で、持ち主として連絡望むと英語で書いてあった。私の字に違いなかった。すぐに思い出したことがあった。
それはこのコートを買ってからすぐの頃だ。やはり今日のようなうららかな日で、湖畔の船着場からセルバラソーセージの焼く匂いがしてきた。急にしょっぱいものが食べたくなり、ジュースとソーセージを買い、旅行者や地元の若者で埋まっている岸辺に、押し入るように場所を見つけ座り込み、手に持っていたコートは横に置いた。
観光船は、春になると急に増える。回りの丘にも、梅、こぶし、桜、が咲き始め、その他あらゆる緑の木々も自分の美しい姿を誇る時を順番よく待っている。
普段、娘達にソーセージなんか不健康よ!とか言われていたからめったに食べられない。だから秘密で食べる嬉しさもあり、スイスの誇るセルバラソーセージをあっという間に食べてしまった。紙などをゴミ箱に捨ててから、トラムに乗り込んだ。その内に空は明るいのに雨が降ってきてトラムの窓を結構、激しくたたきだした。
「やっぱりコートを持って出かけたのは正解だった」とニヤリとして自分の右手を見て青くなった。コートの代わりに、しっかり握っていたのは、ほんの一口しか残っていないジュースのプラスチックびんだけだった。
決断は早く、すぐ乗り換え、雨の中を戻ったが、そこにはもう誰もいなく、コートも無かった。船着場の観光事務所に聞いたが、雨のためものすごい取り込みようで「そんなものはまだ届いていない」と言うだけだった。「自分が悪い・仕方がない」と言う後悔だけが残った。
3,4日ぐらいたったころか、観光事務所から電話が来た。コートはどんな色でどんな大きさでとかいろいろ質問されてから、それなら届いているといった。信じられないことではあったがすぐ出かけて言った。
紛れもない私のコートで、そこには、小さなよれよれの領収書が、ピンで留めてあった。トルコ人修理屋さんの物で連絡先に私の電話番号が書いてあった。それをポケットに突っ込んだままにしてあったのだ。コートを受け取った係員はいなかったので何も聞き出せなかった。
あの時、隣にいた人だってまったく記憶には無い。勝手に「人情ストーリー」を想像するしかない。
きっと雨が降ってきても持ち主の無いコートを見つけた若い男性が、それを被って雨をしのぎ帰ったのではないか。そして恋人にあげた。その恋人が着てみたが、サイズが合わない。ポケットの領収書を見つけて、電話番号は分かっても直接電話する勇気が無く、彼氏にコートを見つけた場所を聞きだし、返しに来たのではないかなと想像した。
その夜、私は内ポケットにこのメッセージを書くアイディアが浮かび、早速実行した事を思い出した。それを自分でも今まですっかり忘れていたのだ。
その後、コートを今日まで何度か、カフェーや映画館に忘れてきたが、ポケットのメッセージが役にたった事は無かった。
稲代 61歳
又、この春のコートを引っ掛け外に出る季節になった。
スイスの高級ブランド製品であり、かなりおだてられて買った大事なコートだ。薄地で軽く、防風にも、防雨にもなり、旅行にも必ずもって行く。もう8年も重宝していることになる。どんなにクシャクシャにしても平気で持ち歩きができ、着ると一風変わったおしゃれなコートにもなる。
その代わり、忘れてくることも私の年令とともに増えた。何度も今度こそは戻ってこないとあきらめたことも思い出される。だから、今でも手元にあると言う幸せ感を味わうことになる。
トラムに乗ってから、大きなポケットの中を確かめると、クシャクシャな使い終わった鼻紙や、ぼんぼんの包み紙が出てきた。まあそれは私のものならばどんなコートやヤッケからも見つかるものだから普通の事だ。
この手がすっぽり入る大きなポケットの中に更に小さい仕切りがあってそこに何か硬い紙のようなものが手に触れた。ぼんやり思い出すことがあったがすぐには何かとは確信が持てなかった。指でつまんでその厚紙の紙片を引き出すと、太字で書いた自分のイニシャルと電話番号で、持ち主として連絡望むと英語で書いてあった。私の字に違いなかった。すぐに思い出したことがあった。
それはこのコートを買ってからすぐの頃だ。やはり今日のようなうららかな日で、湖畔の船着場からセルバラソーセージの焼く匂いがしてきた。急にしょっぱいものが食べたくなり、ジュースとソーセージを買い、旅行者や地元の若者で埋まっている岸辺に、押し入るように場所を見つけ座り込み、手に持っていたコートは横に置いた。
観光船は、春になると急に増える。回りの丘にも、梅、こぶし、桜、が咲き始め、その他あらゆる緑の木々も自分の美しい姿を誇る時を順番よく待っている。
普段、娘達にソーセージなんか不健康よ!とか言われていたからめったに食べられない。だから秘密で食べる嬉しさもあり、スイスの誇るセルバラソーセージをあっという間に食べてしまった。紙などをゴミ箱に捨ててから、トラムに乗り込んだ。その内に空は明るいのに雨が降ってきてトラムの窓を結構、激しくたたきだした。
「やっぱりコートを持って出かけたのは正解だった」とニヤリとして自分の右手を見て青くなった。コートの代わりに、しっかり握っていたのは、ほんの一口しか残っていないジュースのプラスチックびんだけだった。
決断は早く、すぐ乗り換え、雨の中を戻ったが、そこにはもう誰もいなく、コートも無かった。船着場の観光事務所に聞いたが、雨のためものすごい取り込みようで「そんなものはまだ届いていない」と言うだけだった。「自分が悪い・仕方がない」と言う後悔だけが残った。
3,4日ぐらいたったころか、観光事務所から電話が来た。コートはどんな色でどんな大きさでとかいろいろ質問されてから、それなら届いているといった。信じられないことではあったがすぐ出かけて言った。
紛れもない私のコートで、そこには、小さなよれよれの領収書が、ピンで留めてあった。トルコ人修理屋さんの物で連絡先に私の電話番号が書いてあった。それをポケットに突っ込んだままにしてあったのだ。コートを受け取った係員はいなかったので何も聞き出せなかった。
あの時、隣にいた人だってまったく記憶には無い。勝手に「人情ストーリー」を想像するしかない。
きっと雨が降ってきても持ち主の無いコートを見つけた若い男性が、それを被って雨をしのぎ帰ったのではないか。そして恋人にあげた。その恋人が着てみたが、サイズが合わない。ポケットの領収書を見つけて、電話番号は分かっても直接電話する勇気が無く、彼氏にコートを見つけた場所を聞きだし、返しに来たのではないかなと想像した。
その夜、私は内ポケットにこのメッセージを書くアイディアが浮かび、早速実行した事を思い出した。それを自分でも今まですっかり忘れていたのだ。
その後、コートを今日まで何度か、カフェーや映画館に忘れてきたが、ポケットのメッセージが役にたった事は無かった。
稲代 61歳
by swissnews
| 2014-04-04 00:14
| スイス在住日本人のつぶやき
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