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スイス人の医療意識

この記事は、前に書いたものだが、もう一度読んでくれたら嬉しい。日本は。医療に非常に親切な国だが、将来のために他国の事情を知るのも良いと思う。・・・・・・・・・28.05・14

スイスの医療制度などに興味をもたれて探索してくれた方が意外と多いので、個人的な経験からいくつかの例を書いてみる。(統計的なものを調べるのは面倒なので)

その前に、日本の通院、医師訪問率が、世界的にみて圧倒的抜群のトップであることは前に書いた。二位のドイツが日本の半分ぐらい。最近、世界の20%の薬が日本人に消費されていると云う日本の記事を読んだ。
。・・・・・こちら・・・・・・・

まず最初に、スイスの給与は日本の2倍と考えて読んでください。

スイスの健康保険は個人が選べるのだが、収入の少ない人はそのための最低の社会健康保険がある。また大体60歳過ぎると保険会社を変えることが困難になる。(スイスの退職年齢は現在、国一律で建前として男性65歳、女性は64歳。)退職以来、家にいるとよく保険の勧誘の電話がかかる。それでいつも残念ながらもう変えられませんと断れる。

私の保険は入院したときは個室にはならないごく平均的市民なもので、月4万から5万円ぐらいだ。(私の子供は3万5000円とか言っていた)余裕のあるひとはプライベートの高めの保険にはいっていて、いろいろな特典があるらしい。。普通年間、さらに4から5万円以内になる初診料や薬などは自分で払う事になり(税金から引ける)、それ以上支払った病気治療費用や手術、保険の効く薬などがその内容によりほぼ実費として返金される。若いときは、大きな病気をしない限り、初診料が4万円以上になることはあまりなく、保険料掛け捨てになる感じだった。だから皆、自己払いにばかばかしく通院は避けようとする。

つまり月額保険料と同じぐらいの費用が、年間の初診料や薬は実費で払い(13月額)、それ以上になってはじめて保険が効くようになる。とにかく初診料が高いと云うこと。

私の保険は、健康な若い人がたくさん入ってくれているので病気、検査が多い高齢者が助かる。年よりは半分冗談で若者に「そんな事で医者に行く事はないよ」という。それに救急以外は完全予約制で面倒にしてある。自分が若かった頃は忙しすぎて面倒でめったに個人ドクターにも電話しない。花粉病の注射のときと、年2回程度だった。4万円まではいかない。

私の仕事が、ダンサーとして、又教師として俳優の舞台芸術家とかかわってきたので健康管理は気にしていた。病気で舞台に立てなければ、劇場に契約金を返さなくてはならないので、たとえ熱が38度あっても仕事をする。

そのためには、普段から風邪を引いたら自分で2日以内にやっつける事を常識として学ぶ。演劇の学生は通常他の生徒と身体的コネクションが強く、ひとりが流感などにかかるとすぐ構内に広がり、半分以上の生徒が罹ってしまうこともあった。常にうがいをする。シャワーを浴びて、シャツを替えることなど。

「風邪で病院にいくなどとは日本だけ」で、こちらでは薬屋さんPharmacyが権威があり、街の角々にあり、教育された専門家がいる。其処で相談しよい薬を買うことができる。私の個人主治医ドクターが行きつけの薬局に処方箋をファックスしておいてくれるので、そこで恒常的な薬を買うことが出来る。薬局に自分の保険カードを見せる。保険が払ってくれる薬と、そうでないものがある。

それに私の感じでは、赤ん坊のときから子供を鍛える感じで抵抗力がある子供にしようという意気込みがある。日本から来た私は最初こちらの子供の扱い方にずいぶん抵抗があったが事思い出したが、今思えばなるほどと思うことがたくさんある。それぞれの国にはそれぞれの理屈があるもんだ。

それに、一般会社員などは建前てして3日以上病欠する時は、医者の診断書が必要となり、その診断書も結構高くつくし面倒だ。(病欠は、有給休暇と関係がない。しかし年限界回数があるようだ)だから健康管理や体作りは日常、自分の責任となり常識なので、それぞれジョッキング、スポーツ、登山、水泳、筋トレに励む。

「不健康は高くつく」ことを知っている。

現在自分が高齢になると、年間5万円以上の医療費がかかることが多くなるが、それ以上支払いした70%からあるいは大部分?が払い戻されるので気持ちが大きくなる。ついむだなことをしてしまったりする。ガン、その他大きな手術などほとんど全額支払われる。しかし、私の知り合いのスイス人など高齢になっても初診料を払って医者に行くのを嫌い、元気な人が多い。まあ本当に健康なのか実際には分からないのだが。しかしこのような人が多いと保険会社も助かる。

山も、プールも、文化行事も年寄りでにぎわったいる。こちらで見かける日本人旅行者も、とても元気にみえる。

それでもスイスの自殺率は高いし、精神科の患者が日本ほどでなくてもかなり多いいはずだ。ストレスの多い人は定期的に個人のセラピー専門家を抱えている。あるいは通院してるようだ。それに肥満も大問題だ。

日本の平均寿命が高いことは世界中知れ渡っているが、しかし自活できない高齢者が多いと聞く。スイスの平均寿命は同じぐらい高い。しかし、こちらの老人の誇りは、経済的にも、身体的にも自活し、最後まで寝込まないで、どんなに格好悪くても外へでて楽しむことだ。「助けて!」というときにははっきり言う。

ずっと前に住んでいたアパートに、足が悪くて階段を下りられないおばあちゃんがいた。(そのときはエレベーターのない安いアパートだったが)3階に住んでいたが、座布団をお尻にひいて階段をすべるようにして下へ下りて、多少天気が悪くても外へ出て日向ぼっこをしてたり、すぐ近くの喫茶店にいた。表の平地ではそのときはまだ簡素な車椅子を使っていたので動けるようだった。上がるときは時間をかけてゆっくり片足を膝の下に座布団をしきながらいざりのように上手に上がっていった。だめなときは、通りがかった隣人に背負ってもらったりしていた。私は「あんたはヒヨッコだからだめだめ!」と断られた。(しかし小さなりんご袋など上に上げて入り口においてあげる)。そして階段にしゃがみこみ違う隣人がやってくるのを待っていた。

社会が、福祉をしていく為には下を支えてくれる若い層が必要だし、又、その福祉に甘えない気持ちも大事かと思う。

因みに、出産はまったくタダ。お葬式も州によって多少違いはアルガ、最低の基本は只でしてくれる。国民は国の宝で、出産は国や社会の出来事なのでウェルカム、死亡のときも、国民が死亡したので、社会が「ごくろうさま」と全部してくれる。

もう一言、スイスでは尊厳死が許されている。海外からの申込者が増えているのが問題になっているが。

私の保険には、個人ドクターが推薦したマッサージ、物理治療は年間3万円ほど効くくことになるので、それを手いっぱい使ってやろうと思うので、そろそろ今年分は申し込まなくては・・・・


チューリッヒ  扶美

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by swissnews | 2014-05-29 03:44 | 社会・福祉・医療 | Comments(0)

弱い立場を強みに・限られた時間から生まれた独創的な生き方

■英国の19歳、がん闘病中に5億の募金集め 生き方が共感呼ぶ

末期がんの闘病生活をソーシャルメディアで公開してがん研究などへの
 募金を訴え、300万ポンド(約5億1千万円)以上を集めた
 英国のスティーブン・サットンさんが19歳の若さで亡くなりました。
 死ぬまでにやり遂げたい46の目標をインターネット上で公開し、
 諦めないサットンさんの生き方に、多くの人たちの共感を呼んでいます。
 彼の生き方に学ぶことは、たくさんあると思います。・・・・・・

このような出来事を聞くと、いつも二つの側面から考えさせられてしまう。クラッシックな「ギブアンドテイク」だがこの話はもっと特別なのかもしれない。

限られた時間しかない自分の弱い立場を独創的なアイディアとユーモアで強みにして売り出す。メディアの力を利用する。援助する側は、彼の楽しみイベント実行を実現させる為に「やれやれ!楽しめ!がんばれ!」と寄付をする。

この19歳の英国青年は、長い闘病生活にもめげず寄付者のお金を研究の為だけではなく、自分が楽しむためににも寄付金を使う。そして約束したイベントの多くを次々を実行し、亡くなった。

彼を援助した人は、切羽詰ってもユーモアを忘れず、渾身の密度で生きたい若者を受け止めた。彼の死を越えて、寄付されたお金は予想以上になり、今後このような意図を継いで残っていくようだ。

結局、ゼロ・ギブ・テイク・実行・ギブ・テイク・実行を重ね大きなプラスになった。

こちらでは、「死ぬまでユーモアを失わない」というのが合言葉らしい。私は数度、最後の「お見舞い・お別れ」の言葉を口にしなければはならない時があったが、もたもたしてると、逆に肩をたたかれることになる。

若者の悩みや、孤独、不条理な不治の病はどこの世界にもある。又、それに同情する心もどこの国民にも同じようにある。違うのは、それを行動(言葉・形)にかえ発信したり(答えてやる)か、何もしないか、の違いなのではないだろうか。

こちらの若者は一般に、悲しいことにも、楽しみたいことにも、応援したいことも、「助けて!の声」にも、ユーモアがあれば乗ってくれる人がたくさん集まる。共感や同情も行動で答えてくれ、人と繋がっていたいと云う気持ちを率直に表明する。

最近、町の一角の路上に蝋燭や花が沢山置かれていて、その壁に暴力の犠牲になった16歳で死亡した若者の写真や、彼の死を惜しむメッセージも沢山貼ってあった。そこを通る人はほとんど皆足を止めて読むのだ。

「こんなに若く、ただ犠牲者として死ぬのはあまりにも悔しい。まだ無名のままだったが彼のことを忘れないで・いい息子だった・暴力アルコールをやめて!」と家族、友人などが始めたことだ。市の交通局の規則で限られた数日は路上でも寛容されると云うことだった。

もともと欧州では寄付する精神が伝統的だったが、今では貴族、資産家だけではなく、どんな社会層の市民でも援助できる時代になった。ネットやメディアがそれを促進したようだ。

同情する気持ちを表明するのは、国民性や個人によってかなり違うカも知れない。しかし、ギブする勇気も、テイクする勇気も表面に出でてくればもっと他人を励ますことが出来るのではないだろうか。




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by swissnews | 2014-05-27 05:26 | メディア・グローバリゼーション | Comments(0)

私の夫は神童の声の持ち主だった

スイス在住日本人のつぶやき 5

心なしか頬を赤くして歌っている夫の姿を見て、意外だったアマチアコーラスの本格性にびっくりさせられ感動し、大きく動揺した。一曲目の最初の出だしからの寒気すら感じこみ上げるものがあったが、私はこの現代的な教会のホールの観客席で一番前の席の真ん中に陣取り見ていたので、なんとしても涙をこらえなければならなかった。

この区の市民男女中高齢者の多いのコーラスを聞いていても、夫のテノールの優しい細い声ははっきり識別が出来る。それに予想以上に力強く、響きがある。家ではこのように歌うことは、少なくとも私の前ではなかったからなのかもしてない。

発表会には正直言ってはじめて聞きに来た。もう8年近くもこの区のコーラスに通い歌い続けてきた夫の趣味を、私はなんと冷たいたくあしらってきた事か。単なるアマチィアと侮っていた。軽く見ていた。一度だって「どんな曲を歌うの?」とかも聴いてあげなかった。「いつか聞いてみたいわ」とかも励ましたことが無い。数年前のコンサートのときは日本にいた。帰ってきてからも、「発表会はうまく行ったの?」とも聞かず、自分の日本滞在の興奮をまくし立てただけだった。なんと言う思いやりのない妻なのか。

その後悔の思いと同時に、難しい歌詞を神々しく歌っている彼とコーラスの迫力に圧倒され、「あの真ん中で歌っているのは私の夫なのよ」と、皆に伝えたい大きな誇りが全身を支配してきた。

16年前、ふらりと日本に来た彼と知り合い、数年日本で暮らし結婚した。スイスで就職する為に帰ることになった彼に、一人娘として結構裕福に自由に育った私は、「そんなに言うならスイスの田舎にでも行ってやるか。でも気に入らなかったら日本に帰ってくるかもよ!」などと脅かし甘えてここへ来た。

彼は中学の地理と英語の先生になり真面目な規則正しい生活をしていて、申し分の無い夫だった。子供は出来なかったが同じような半分日本人夫婦家族と知り合い、よんだりよばれたり、毎年、日本から来た友達の世話や里帰りで時間はすぐ過ぎて行った。小さなボランティアや知人との付き合いしかあまり才能が無く、それでも器用なので、最近帽子手作りのスイス人女性を補助して時々は自分のアイディアも助言できるようになっていた。

彼がコーラスに行く日は、学校から直接行くので、私にとっては「夫が遅く帰ってくる曜日」以外の違いは無く、自分にとっては息抜きの数時間になった。台所から公園を通って帰ってくる彼の姿を3階のアパートから見ることが出来、それを見てから味噌汁に火を通すことが多かった。

ある時そんな時間になり、外を見るいると、彼が同じ年頃の男性と立ち話をしているのが見えた。初めて見た人だったが、彼は実に熱心に、身ぶり手振りで楽しそうに話しているではないか。このように生き生きとして話をしている姿は私との会話ではない。やはり彼は生まれ育った地元のスイス語で話し相手がほしいのかなと、軽い嫉妬の気持ちがわいてきた。

「新しいラテン語の歌詞について話していたのさ」と彼は説明してくれた。「あの人が、こんな近くに住んでいるとは知らなかった。ほら次の通りに住んでいるんだって。」

それから時々、一人でハミングしてる時が多くなった。パンにバターなど付けながらだとかだ。「何か嬉しいことあったの?」とか聞くと「ハテ、何が嬉しかったのかな?」とか考え込んでやめてしまう。それほど真剣なハミングだったのかもしれない。

夫はスイス人のこの町で育った。だから社会的な問題は無いはずだ。男なんだしここの生活は普通のことだ。私のようなはるばる海を越えて来た妻は大事にされ、何でも教えられて、守られるのが当然だ。そしてその通り彼は私を励まし、慰め、経済的なものも一切仕切ってくれ、年一度は日本に帰る援助もしてくれた。

しかし、コーラスを聴きながらこの短い時間に、私の頭の中で練り上げた密な思考は、自分が正に一挙に遅まきながら大人になり賢者になったような認識に至った。もしかしたら髪の毛が、真っ白になってしまったのではないか。

私の夫はこの地元生まれでも、ここで生きていくことは初体験であり、何でも苦労せずに問題なく年をとっていくことはないのだ。私だけが他国から来て苦労をして慰められるべき存在だと決め付けてきた考えはまったく幼稚でナンセンスだった。恥ずかしいことだった。

夫には夫の好きなこといろいろあるのだ。同僚や生徒の間にも私に知らせてくれる以上の問題と向き合っているに違いない。私が無知だから全部話してくれないのかもしれない。それは少しずつ探っていこう。

これから自分は甘えていられない。そうだ。帽子を作ることをもっと専門に習おう。そして自活しよう。日本に里帰りするのは私の問題なのだからそれぐらいのお金は自分で何とかしなければ。もし将来日本に帰ることが出来なければそれはそれで仕方がない。私は、ここに嫁入りしたんだから。

夫の趣味やコーラスの歌詞なんかももっと興味を持って聞いてあげよう。

そうだ。彼と並んで真面目そうに歌っている近くに住むという男性家族を、一度招待しよう。彼と気が合うなら人の家族ならきっと楽しいだろう。

発表会が終わった時、この希望的なアイディアが、涙をグッとこらえさせてくれた。

それぞれの家族が「ブラボー」と叫んで拍手している。私も叫んでみた。手が痛くなるほど拍手もした。


希英  37歳




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by swissnews | 2014-05-25 15:28 | スイス在住日本人のつぶやき | Comments(0)

集団的自衛権・自衛隊が海外で動けば、アルカイダなどの勢力は日本人を餌食にすることは簡単になる。

自衛隊が海外で動けば、アルカイダなどの勢力は日本人を餌食にすることは簡単になる。

皆さんは、海外のスリたちが言っていることを知ってますか。

「日本人旅行者はいいカモだ。」 お人よしで、世間知らず、ぼんやりして、優しい、文句は言わない、現金持ちだ。私も例外ではなく何度かやられた。例え「日本人が今はそんなにお金を持ってはいませんよ」と言っても、一度出来上がった印象はなかなか変えられない。

それでも、今までは日本人はナイーブでもなんとなく格があり、お金は盗み取ってもあまり暴力的には危害を加えなかった。

もし集団的防衛件なるものが容認され、阿部内閣が望むように、「普通の国」「戦争が出来る国」「血を流してもしかたがない国」になって「外に構える」と、海外はどう気構えるだろうか。

私は、長年教員をしていたので、頭の良い退職教授や、文化人と結構知り合いになっていて、私の読まない知識人の新聞に載っていた日本の記事などを送ってくれたりする。あるいは、隣人、知人、の話、数人の親しい日本人の話を総合すると。

•日本が今、なぜ「むきになって集団的自衛権」を必要とするか。今のままでも十分だ。

•なぜ極面化させるのか。日本のおかげで皆、構えをきつくする。アメリカだって積極的ではなく「どっち道日本の事だ。楯になって戦ってくれるのならそれでいい」

•欧州、他のアジア小国は、中国人は多少嫌いでも「中国」という国は、絶対的で大事だ。

•世界には、日本のように鼻が高くとりすまし、金をばら撒く国であり、技術を誇る文明国を、日ごろ憎憎しいと思っている後進国人、他宗教国人が沢山いる。反アメリカ国人も沢山いる。

•例えばアルカイダ系の過激派など、「それなら、相手になってやろう」と言う「容赦ない暴力」で対する良い機会になる。海外にいる日本人を「捕虜」にしたり「殺害」したり、「金ゆすり」することはたやすいこと。日本はこれに対処する海外のコネクションが少ない。(アルジェリア殺害事件を見ても、ペルー大使館事件を見ても日本の現地官僚は力が足りない。むしろ無能とも言える。海外の官僚は所詮日本国内の続きであり、現地では情報すらも十分でないところがあると聞く。誰が助けてくれると云うのだ。それに日本は国内での本当の「テロ攻撃」「国境における日常的摩擦処理」の被害経験が少なく、無垢の赤ん坊と同じだ。

•アジアの若者や成人の学力優秀な国国が、互いにののしりあり、チキンレースに突入する「頭の良さ」を、外から眺めて「ばかばかしい」「同情に値する」「勝手にやれ」と思うだろう。特に伝統的白人は遠い国の黄色人種が互いに戦いあっても、原発さえ安全なら大きな被害は無いと考える。

•皆、それぞれの問題で手一杯だ。人道的、正義に加担しようとする大国は減っている。

•日本では、悲惨な死者の映像をメディアでは絶対報道しない。戦争の実態をまったく知らない子供たちが、突然戦闘状態に突入することを残酷だとは思わないのか。こちらでは普通の国営テレビニュースでの、たとえば、ウクライナで焼け爛れた戦車からはみ出している死者の手足が映る。少しぼかしているがシリアの集団殺害された大量死者の映像だって映る。

私のすべての知人は安部政権の懸案は「ナンセンス」「危険な男」「世界の大きさがまったく見えない」と言っている。「なぜ日本の国民はそんな簡単なことが見えないのか」と云う。無論私は、そのように考える人たちとしか知り合えないのだが。

それに同盟などと云うものは歴史的に見ても他愛ない言葉だ。「アメリカと言う大きな親分がついている「と思っても、米国民はそんなに単純でなく、議会で決定されるまで分からない。子分がかってに喧嘩売ってくるのでは困るだろう。

今日、日本の「この国は「引き返せぬ地点」に差しかかった…|時々お散歩日記 | マガジン9」を読んだ。まったく同感する。

大体 一世紀に2度も海外を刺激し、戦闘状態に突っ込む、もの知らず・恥知らずな国はもう本当に何も残らない。現在、中国がベトナムやフィリピンに対して見せる強引さは、日本が昔アジアに侵略した同じ姿勢だ。もっとひどかった。そんな事をこちらの人に言われる。

自衛・防衛の為だったと言っても、それが国際的にそのように解釈されるかどうかその論争は、ずっと後になる。はじめてしまえば後の祭りだ。それとも靖国神社の霊が幸運に導いてくれると云うのか。

今時どこの国が自ら戦争などと口にし、戦争しやすいような政策を出すのか。異常だ。」「外交能力が無いということを公言しているだけだ。」

fm

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by swissnews | 2014-05-23 04:31 | 政治・経済・歴史 | Comments(0)

「日本女子高生が模擬国連大会で優勝」に思う結論より思考過程重視の教育

「日本女子が模擬国連大会で優勝」に思う結論より思考過程重視の教育

国連のシミレーシィンのコンクールにもいろいろな分野や、年齢別があるらしいが、今回「国連人権理事会」部門で、始めて日本の女子高校生ペアが最優秀賞を獲得したという記事(ロンドン在住のジャーナリスト木村正人氏の記事)を読んで、喜んだ。これは日本にとって大きな快挙で、希望だと思った。

「クエートの外交官」になったことを模擬しての弁論だったようだ。

渋谷教育学園在学の高校3年生と、2年生の帰国子女のペアの生徒で、それは単なる偶然に帰国子女であったのかもしれないが、スイスの学校でも常時行われるシミレーション論争などの基本になる練習の一例を書いてみる。

25年も前か、息子がギムナジウム(中学、高校、短大一年)に入学したばかりの頃、女子生徒は当時は、クラスの30%ぐらいでも(現在は50%)体も大きく大人で勤勉であり、クラスのトップを占めていた。

毎年、何度かペアの研究発表が回ってきたのだが、息子が、今回はK子さんがパートナーになったとニヤニヤして帰ってきた。「好きな子なの?」と聞いたらびっくりして、「違う違う。女の子は皆すごくしっかりしてるから、一緒に組めば下調べは全部してくれる。だからラッキーだったんだよ。夜8時までには郵便受けに彼女のタイプしたのが入っているはずだ」と、そわそわしながら彼女が自転車で持ってくるのを窓から見ていた。(当時はコンピューターもEメールもなくタイプしてコピーしていたと思う)

その後、一度彼女が家に来て二人で声高に議論して決めていった。発表の前は、彼女の家に行って、両親の前で発表し、彼らの質問に答える練習もしたらしい。息子にとっては夕食もご馳走になった最高の思い出の多い論文になった。

しかし、クラスでの発表は息子達のペアだけではなく、もう一組も発表したのだった。同じテーマで同じ条件だ。

結論は、まったく違ったといった。しかし、クラスメートや先生が問題とするのは結論ではなく、そこに至った理論的な過程がどこに無理があったかとか、どこが飛躍していたかと言う事らしい。

このような練習が、中学の時からあり、クラスメートが代わりばんこにパートナーになる。いろいろな級友と仕事をする難しさも学ぶ。そうして後には一人でスピーチできるようになる。状況をシュミレーションしていく力はだから中学から鍛えられていることになる。

筆記試験でも資料持込とか、その場でどのような根拠で結論に至ったかと言う過程の確かさが試される。このような試験は評価する先生が大変だが、一人一人丁寧にコメントしてくれる。

今回の「模擬国連」での優勝は大きな前進だ。国連で日本の職員も研究生も減ってきているということを読むが、ぜひぜひ今後もどんどん参加してくれると良い。又このようなことは帰国子女にがぎることではなく、日本の子供は有り余るほどの能力を持っていると思う。

日本のメディアももっとこの快挙を取り上げ、励ましにしてくれれば、教育も皆同じ結論を教えるのではなく個個の思考過程を重視する方向が一般の公立校でも少しずつでも採用されるようになるのではないだろうか。

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by swissnews | 2014-05-21 15:45 | 教育・宗教・人材 | Comments(0)

スイスにあって日本にないもの・スイス最低時間給否決されても2000円以上

今日、予想されていたように最低時間給賃金2530円保障がスイスの国民投票で否決された。それでも国民の9割は2000円以上の時間給を得ている。それにすでに最低賃金月給45万円保障を獲得している州もいくつかある。

Swissinfo で完璧に説明されている。・・・・・こちら・・・・・・・・

スイスの生活スタンダードがかなり高いことにびっくりした方も多いと思う。スイスは800万人の小国で、目立たない国だからだ。

しかし世界を知ることは、世界の中の日本が見えてくることだ。この際、少し大雑把だが、長年の経験から思う私個人の「スイスにあって日本にないもの・違うこと」を書いてみたい。

•スイスの政治家は謙虚で、日本の政治家のように鼻が高く知ったかぶりをしない。しかしこちらの政治家は政党で鍛えられた政治家か、多くが修士以上の学者で、国民の意向に従って具体的に懸案をつくり黙々と実行してくれる。多国語を使い外交も上手といえる。

•決定していくスピードが違う。だから、スイスの国際競争力は高い。
例えば、日本のようにもう20年も「従軍慰安婦があった、無かった。いや20万人だ。10万人だ.いや強制性は無かった、あった」と、議論を楽しみ自国の歴史に結論を出すことが出来ない。そうして長引かせ隣国と緊張感を増し、嫌われることが国益と考えているような日本とはまったく違う。

•若者も年寄りも、政治を変えていく(あるいは保守する)ことに参加しなければ自分が損し、破滅すると考えている。国民が突き上げるから政治家の質が高くなる。

•日常の国民男女子供の会話の4分の1は身近な政治のこと。駐車場のこと、ごみ処理のこと、トラムの回数など、何でも話題にする。これは皆、政治の話で子供が聞いている。(しかし、「すっぴん」が「あり」とか「なし」とか世間の話題として議論する事は無い。個人の問題だからだ。)

•スイスの知識人とは、卓上理論し本を書くだけではだけではだめで、実行に移す戦略家を意味する。

•女性の社会進出にかなり成功したがまだまだ闘争中。

•外国人労働者(単純・知的労働)が22%も占める。多民族の国。

•子供が成人するまでは教育は親の責任(学校ではない)で、成人したら社会人となる。

•大学数率は日本に比べて少ないが高いエリート教育になる。しかしそれぞれの専門教育が多様にある。

•資産家、有名人は何かの形で社会に還元するのが常識と考えられている。そして、資本を回転させていく義務を感じている。

•仕事は密で高質な専門職で短時間に切り上げ、(雇用側も時間給が高いので残業させないようにする。例外はある)、個人の生活を楽しもうとする。

•一般に、日本人のように食と衣を楽しむのではなく、住と旅行にお金を費やす。(目に見えない財産も貴重)スイス人の服装は日本人から見て「何だかな?!」と思われるようだ。

•メディアが自由で豊富だ。国民が一人一人が自分で情報を得ていて、多少間違っている情報でも自分で判断する。ひとつの情報に惑わされない。多国語が出来るので、ドイツ、フランス、英国の情報と比べられる。例えば「美味しいぼ騒動」があった場合、どたばたして訂正しなくても良い。時間の無駄だ。国民はバカで無いので、自分で考え子供に教える。正解はひとつでなくどっちかに決めなくてもいい。疑問として納得していく。

出産・就学・埋葬は国が(州)してくれタダである。尊厳死も認められている。

仕事の質に対する報酬はどんな不況でも絶対下げず守っていき、多少の解雇は仕方が無い。労働組合が強い。

様々な割合の働き方があり、正規と派遣労働者だけでない。社会保障もほぼ公平に支払われる。

ざっと書いてみた。日本にあってスイスに無いものもたくさんある。それは又違う時に。

fm


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by swissnews | 2014-05-19 02:49 | 政治・経済・歴史 | Comments(0)

日本では「セックス」は「H 」なことなのか。

阿部首相の「集団的自衛権」に反対するために『戦争ラブな男とはHしない女の会』ができ、その女性グループの主張をアメリカの「ディリー・ビースト」が注目したと言う記事が「NewSphere」に載っていた。それを読んで、その趣向と言うより表現について戸惑った。

「H」とはなにか?英語圏に住んでないのでこれがエッチと発音することに気がつくまでに少し時間がかかった。私が日本に居たときはこの言葉はカタカナで書かれていたからだ。さて言葉の意味が変わったかとウィキペディアで調べてみたが、変わってはいなかった。

この女性たちは、たわいない、あるいは異常なエッチな性前戯的なものを拒否することで男性に苦痛を与え、懲らしめようとしているのだろうか。しかし内容的には彼女たちが言っているのはどうやら、「H」な事だけではなく「セックスそのもの」のことを言っていることが、ギリシャ喜劇の「女の平和」を喩た事で分かる。それでなければ男性?を苦しめることは出来ない?。(ギリシャ人は昔も今も開放的で性を楽しむ国民と自負しているので、このセックスストライキは日本より効果があったのだと思うが、しかし、女性自身も苦痛を伴ったことを忘れてはならない。)

日本では今、「H]」と云うことはすなわち普通の「セックス」のことを意味するのだ。なぜこんな変な、気持ち悪い言い方をするのか。

もし「セックス」が「H でいやらしい事」なのなら、すべての子供は自分の親が何かいやらしい事をして生まれてきた、恥ずべき生を受けたと思っても仕方ないのではないだろうか。これで日本の性教育はどのように説明しているのだろうか。

「セックス」は世界語で分かりやすい。食べる・寝ると同じ健康な行為で人間の基本的なものだ。そして大事なテーマだ。こちらではヌード好きもマゾ・サドも他人に知らせることではないが、おっぴらに語らえる単なる趣向のことで特別病気とか異常者のことを言うのではない。日本語の「ヘンタイ」はもう世界語になっているらしいが、日本ではそのことを変態とすること事態が異常だと思う。

同じ東アジアの国でも中国では性問題を欧州並にはっきり表現し、大事なテーマとして議論研究しているようだ。日本でもその傾向が増えてきたと聴くので良いことだと思う。

この本題にあるように、日本の女性が政治的なことで団結し表明していくことには絶対に応援したい。

しかしギリシャの喜劇に書かれてあった時代は女性たちに戦う手段が限られていたのでこのようなストライキになった。電子時代の現在、ただ古いギリシャを真似しなくてももっともっといろいろな手段があると思うのだが。

まあそれでも「H」を拒否して成功するならいいが。

興味のある方は「NewSphere」記事にある米メディアのコメントを読めばいい。

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by swissnews | 2014-05-17 15:33 | 生活・文化・伝統・笑い話 | Comments(0)

アジアでもユーロビジョンのような歌謡コンクールができたら最高。

先週、59回目のヨーロッパ歌謡コンクールが熱狂の内に終わり、又新しいスターや歴史が生まれたようだ。戦後、憎くしみ合っていた隣国同士が明るいエンターテイメントを通して友好を深めていく目的で欧州放送連盟が始めたらしい。毎年、不都合や不公平が議論されルールも変化し、合理化されてきたという。参加国もロシア、北アフリカ、イスラエルも加わり、聴衆者も数年前6億人聴衆者があると聞いたから今はもっと増えているはずだ。

今年は40国近く参加、26カ国が最終審査になった。スイスでも半年も前から国の代表歌手を決める準備で騒々しくなる。皆経験ある一流のプロが出場するようで、他国の予想もなんだか大変になる。

それぞれの国に傾向や好みがあり、各国が専門家審査員と聴視者5分5分の割り合いで持ち点を自国以外の国に与える。優勝国は次の年の開催国になり責任が大きくなるが、利益もある。

例えばスイスでは、普段ドイツ語圏の2隣国(お互いにバカにし合っている)から点数が入るとは誰も期待してなかったのに、意外と点数が入ると「やっぱり兄弟国だ」などと嬉しがる。こうして、どの歌手が、どの国が、どのスタイルが、どこの国から多く点数を獲得したか世界中に公にされる。そしてそれを納得し、反発し、反省したりして進歩する。審査員の評価と国民大衆の評価の違いもはっきりしてきたりする。

現在のウクライナ問題を解決していく力は無いが、若者の結束力みたいなものが感じられ、何かを表明していく力にはなる。

アジアには放送連盟があるかどうかはわからない。しかし不可能ではないと思う。最初は大掛かりにしないで、スタジオコンクールをビデオ画像参加でも出来る。例えば都市間のコンクールにするとかだ。各国一都市参加、東京、香港、ソウル、北京、台湾、マニラ、とかはどうだろう。いつかアジアの国際的コンクールになるかもしれない。

一番大事なのは、生々しい好き嫌いを表に出さず、ユーモアのあるコメントで隣国を批判したり認容していくことが容易になるのではないだろうか。



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by swissnews | 2014-05-16 04:59 | 生活・文化・伝統・笑い話 | Comments(0)

エイリアン創造者スイス人H.R.ギーガー氏死去

私はこの「エイリアン」と云う映画は見たことが無いが、その異様な画像などは目にしたことはもちろんある。

昨日、チューリッヒで転落事故で亡くなった。

夜のニュースでちょっとした特集があり、彼の若いときの作品デザインなどが示され、若いギーガー氏が熱心に描いている線は後の彼の作品に完成していったものだ。びっしり並ぶAlian Diaries ・エイリアン日記も紹介され、専門家が彼の仕事の歴史的な意義や独特さを語っていた。非常に丁寧な記録だ。

彼は、チューリッヒ工科大学で建築と工業デザインを学んだ。レコードのジャケットなどにで新しいポップ的なき絵を描き始め、その後、映画「エイリアン」で有名になり、誰もまねが出来ない彼独特な仕事を残し、世界的に知られていた。

ひとつの文化を立ち上げたといってよい。

スイスインフォですでに詳しくかかれている。

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グリュイエールと云うチーズが有名で、この名の村がいつも賑わっている。小高い丘にある古い城壁に囲まれた村は要塞お城がありチーズレストランでフォンデュやラクレッテが食べられる。さすがおいしかった。

その一角に「エイリアン」ギーガー氏の美術館のようなものがある。入り口からちょっと見ただけだが、その異様な雰囲気は好きな人だけ行けばよいが、詳しくはそのこともスイスインフォで読める。



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by swissnews | 2014-05-14 13:43 | 映画・建築・芸術・エンタメ | Comments(0)

ユーロビジョン髭美人が優勝・大きな意義

おとといのユーロビジョン(ヨーロッパ歌謡コンテスト)は、60年近い歴史がある。現在はヨーロッパの範囲も少しずつ広がり、ロシアからイスラエルもこのコンテストには参加できる。

毎年大掛かりになり、参加国が多く、近年来予選制になってきた。プロの歌手が多く前評判はその筋で大きな話題になっている。

さて今年はオーストリアのContita Wurst・コンチッタ・ウルストさんが2位オランダ、3位スエーデンを大きく離し優勝した。(スイスは13位)

コンチッタさんは、本名トーマス・ニューワースと男性として育ったが、子供の頃から女性の服装が好きだった。学校時代はいじめなどにあい辛い生活をした。(彼女が公にしたことなので書くが、男子トイレに行くといじめられるので、休憩中は行かず授業中に一人だけ行かせて貰ったとか)彼のおばあちゃんが慰めてくれる人だったらしい。(今回の衣裳選びも、おばあちゃんの助言で、一緒に買い物に行く映像があった)

数年前に、男性として国内の歌謡コンクールに参加しかなり成功を得た。しかし、どっち道ゲイならそれを武器にと、さらに新しい名で再起を果たした。彼はしかし、手術などして性を変えようとはしていない生まれたままの自然(標準的でなくても)の体と人格を持ち、日常は男性トムとして暮らすとあった。

このコンチッタという名は、キューバ人のガールフレンドだった名を貰い(女性の性的な意味もあるらしい)苗字はWurstウルストとした。この意味はドイツ語、(オーストリアもドイツ語が母国語)で、ソーセージと言う意味であるが、日常的には、時々「あ!そんなことどっちだっていいさ。まったく些細な事だ。」と、云う「気にしない・気にしない」とも言う感じで使われる。この名を聞いた時、ドイツ語が分かる人はギョッとしただろう。しかし次の瞬間「面白い」と笑ってしまうことになるだろう。「ふざけすぎ」と思う人もいるだろう。

このキャラクターも名前も「人工的」なものであっても、ひとつの生き延びる戦略であし、好きな事なのだ。彼女の様相や名は「女装・髭・両性・どっちだってかまわないじゃないか。どこの生まれでもかまわないではないか」と言うメッセージで、たちまちセンセーションを巻き起こした。結局彼は自分の歌手としての才能を女性のコンチッタになって歌う事で、多くの人のために何かできる。世間を動かしていける。それは自分にも、被性差別者にとっても良いことになる。と考えたのだろう。議論を提供するだけでも成功になるのだ。


オーストリアは、保守的な国としてのイメージが多く大きく抵抗があったが、国の代表になった。しかし、ユーロビジョン参加では、ロシアをはじめ4カ国カから、「参加失格にせよ」と言う署名運動が起き上がりかなりの票が集められた。今でも彼女の優勝に抗議がある。「ヨーロッパはこれで終わった」とかだ。

参加歌手の中にもネガティブな表明をした人がいて、逆に人気を落とした。

準決勝のあたりから、ドイツメディアなどは彼女の優勝が囁かれるようになっていて、その通りになった。

彼女の声量や表現力と歌唱の実力は圧倒的だったし、ハッキリした政治的メッセージは多くの視聴者の票を得た。

そして彼は歌手としてだけでなく、政治的な意味でも今の欧州や世界の「寛容」のシンボルとして大事な役割を持つことになるだろう。

記者会見でロシアのプーチンに何か言いたい事はと言う質問に、「観ていないかも知れないが、我々のような(性的寛容主義に対する生き方は)もうストップ(力で)することはできないことがわかっただろう」と言うようなことを答えた。

オーストリアでは、反対者もたくさんいたにもかかわらず、飛行場ではものすごい歓迎で、「オーストリアの英雄」みたいな人気者になったようだ。

毎日、胸が痛くなるような悲惨な混沌が続く中、このような「人権・寛容」が高く評価されるヨーロッパはやっぱりいいなとつくづく思った。

「髭の女性」は一見びっくりさせられ、違和感を持つ。でもそれは単なる見慣れないからおこるもので、見慣れればなんとも思わなくなる。勿論絶対に嫌いな人もいるだろう。彼は自分の髭面を好きになってくれといっているのではなく、「認めてくれ」といっているだけだ。それだけでいいではないか。かの女を非常にセクシーだと思う人も、あるいは「かわいい」と思う人だっているだろうが、それはそれぞれのことになる。

何でも最初は「勇気のいる事」である。彼を応援してきた身近な人たちも勇気がある。いつか将来、「髭」がなくなることもあるかもしれない。

Contita Wurst と探索すれば彼女の歌が聴けるはずだ。髭の無い顔も見れる。

髭の女性・男性は昔からあった。面白い写真が

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もうひとつ付け足したい事は、参加国のフランスを除いたほとんど歌手が「英語」で歌っていたのと、インタビューでは当然英語でされることだ。ヨーロッパは英語なしには「何かになる事」は出来ない。コンチッタも勿論。

今、新聞でよんだらレディ・ガガも電話してきて、コンチッタを祝ったそうだ。

このコンクールの審判はプロと視聴者だが、それぞれの国に持ち点があり、どこの国がどこの国に点数を入れたか分かる仕組みになっている。彼女は多くの国の最高点を貰ったし、ロシアからも5点貰っている。そのことを彼女自身が希望として捕らえている。

「我々のWurst・ソーセージは最高!」オーストリア紙

fm



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by swissnews | 2014-05-12 14:19 | 映画・建築・芸術・エンタメ | Comments(0)

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