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スイスで心筋梗塞に・医療福祉の実態(後半)

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これは最後の2時間の山歩きに参加した患者右男性二人と、ハンガリー・イラク人の若い医者(はにかみや)と、いつも元気付けてくれたスイス人看護師。医者と二人ですべての救急器具を背負っている。
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この日は、8月1日、ちょうどスイスの国立記念日であったということで、初めての夜はきっと花火が見えるだろうと話しあいながら、Aさんは昔の夫と息子さんとチューリッヒ湖の北側裾の800メートルの高い山にあるWセンター(昔は結核療養所だったようだ)に着いた。彼女の保険は庶民のもので4人部屋だった。(保険の種類と金額により2人部屋、個人部屋と決まるようだ)同室の患者達はAさんより大変で、心臓を開いて手術した人や,肺臓にも欠陥があったり、糖尿病もあったりで気の毒だった。皆それぞれ、一生懸命自活の方法を練習していた。しかしそれぞれ退院したり、又手術の為病院に運ばれたりし、3週間の間にはほとんど新しいメンバーになったのだが。大きな寝椅子が並ぶバルコンからはチューリッヒ湖の裾が見え一瞬誰もが息を飲むほどの素晴らしい眺めだった。花火は少し霧雨ながらベランダからよく見えた。4人共同のトイレがあり、それぞれテレビが見られ、電話もある。日本茶を好きな時にのめるように電気の湯沸かし器や、インターネットのレップトップ(実際にはほとんど開ける事はなかったのだが)も息子さんがもって来てくれた。
朝食時は全階の患者(50から60人)が集まる大きなホールでビュフェ式であり、中級のホテル並みの贅沢なものもあった。昼食、夕食は、スープからサラダ、デザートつきで選択が出来る。Aさんは、病院で失った2kgの体重を取り戻すため、すべて半人前の量を注文してそれを綺麗に残さないように食べる事を誓い、体重は取り戻せたといった。毎朝助手ドクターの訪問があり週一度はチーフドクターが来る。日曜日以外は毎日6つほどの義務が日課として課される。自転車漕ぎ、ギムナスチックと遊び、筋トレは毎日で、週二回はマッサージ、講義、散歩、いろいろテスト、血液採集、その他検診があった。講義は主任医師や他の医師看護者がした。内容は心臓病、薬、ストレス、食事、運動、アフターケアなどについてだった。酸素ボンベを引き摺りあるいはリックサックに入れて一緒に体操する患者もいた。高齢の患者は押し車や車椅子で移動するが筋トレなど容赦のない厳しさと真剣さが伺えた。医者やセラピストが同伴での散歩も一見のどかに見えるが実際はそれぞれが息切れのする作業だった。すべての課題と結果がノートに記録され、小学生に戻った感じで、冗談の楽しい会話はあったが、皆将来自活する不安を持っているに違いない。とりわけ高齢者に混じって30代の若者がいるが悲壮的だ。一人は1メートル離れていても匂ってくるニコチンの中毒から心臓の手術になったと想像する。アルコールの問題もあるかもしれない。家族が始終来ていても本人ががんばらなければ・・同室の患者は退院する前には、自分で注射したり、吸引したり、器具を正確に扱い、記録したり、薬を扱う練習など看護師に何度も復習させられていた。そんな事を目にするとAさんはまだ自分は複雑ではないだけ良かったな思ったようだ。同室の2患者が電話で盛んに保険会社と交渉し始め、リハビリの延長を交渉していたり、医者に影響力を与えようとしていたり内情は複雑に思えた。Aさんのように初めから最低3週間と決められている者ばかりではないようだった。日曜日には訪問者が沢山来て、バルコンや近いの大きなレストランや、庭のカフェーは満席になる。庭で犬に再会して涙ぐむおじいちゃんもいた。家族全員で近くの山道を散歩したりするので細い山道は始終誰かにあうことになる。Aさんは、バルコンから見える谷を越えた向こう側の牛牧場にある5軒ほどの密集農家に行ってみたいという思いを決行し、古い村の橋を渡りゆっくり半時間ほどで牛牧場の中にある一本道に達した。遠くにいた牛達が何を思いついたかワラワラゾロゾロ近づいてきた。今まではそんなことまったく問題ではなかったが、柵があっても彼女は走れない。急に怖くなり引き返した。しかし、Aさんの心臓の炎症はまだあっても、物理リハビリの成績はどんどん上がり、最後の週の2時間近い山歩きには男性患者2人と女性患者はAさんだけ選ばれた。ハンガリー人(イラク難民の1世)医者と、スイス人看護師が大きな救急のリックサックを背負ってのんびり歩いてきた。この若い医者に聞いたがこのリハビリセンターには世界中から医者が集まり外国人医者が80%を占めている。患者にとっては名前がエキゾチックで難しいが、若く張り切っていることが良い。他の病院より手術はないし緊急時も少なく、その代わり給料が安いようだが、自分たちの職業経験としては最高だ。しかし、ブダペストが恋しい。と話していた。帰りに前に通り抜けられなかった牛の牧場を通り越してきた。牛が近づいてもまったく問題がなかった。その後、このセンターが緊急病院での決まっていた診察日を2ケ月早くして、炎症の具合を早めに検査し、心臓の負担テストが出来るように交渉してくれ、9月の中旬に診察日が決まった。8月22日又、来た時と同じように家に帰った。

すぐに10種類以上の薬品を処方どおり買いに行った(保険が利かない薬はほとんどなかった)。そして、毎日、朝、昼、夕、夜、と薬を分ける生活が始まった。今後のことをいろいろ息子さんとその家族に約束しなければならなかったと言った。

その後、数日して久しぶりに個人医Kのところへ行ったが、看護婦に「貴女の判断はだめだった。」とかなり説教されたようだ。Kにお礼を言って(実際には2度電話で報告していたが)、リハビリセンターからの書類を渡し、更に近くのリハビリセンターに週2回通いで行けるように手配をお願いした。その次の週、その通いのリハビリセンターから日付が知らされてきた。又数年行ってなかった心理ケアの医師にもすぐ会合の約束が出来た。Aさんは少ない健康保険しか払ってなくてもこの5週間に起こったことすべて引き受けてくれ無料だったことに感謝しているといった。実際に彼女はテレビの使用量を払っただけで、5週間の間、自分の財布を開けたことがなかったといった。

保険会社は患者にこのようなサービスをしてもなぜ利益があるのか。チューリッヒ湖の周りにはいくつかのこのようなリハビリセンターがある。それぞれの専門別である。どこでもいくつかの保険会社が共同で経営しているのだ。患者に手術後にサービスしてしっかりリハビリさせ、独立して治療していく方法を教える。つまり個人健康管理の責任を教え込むのだ。それは将来的に保険が支給する額が少なくなる。スイス人は独立心が強いのでそれを教育していくのだ。長い目で見る福祉医療の例である。

by swissnews | 2015-09-07 17:48 | 社会・福祉・医療 | Comments(0)

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by スイスで聞く「日本」

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